KEI’s Blogへようこそ。

竹宮惠子のつぶやき空間です。

2020.06.17    

コロナ後について、まず落ち着いて考える


くさくさする、と友人は言う。このコロナ下では自由に行動が出来ないし、集まりも禁じられてはいないものの、大っぴらにやるのは憚られるから楽しいことがない、と。

でも、コロナ下であるからこそ考えるべきことがハッキリ見えて来るだろう。

もうこれまでのような利益至上の考え方をやめて、スローライフ、自然との共生を図ろう、とか。

虚業と実業、自分がやっているのはどちらで、世の中で何が本当に必要な価値ある仕事なのか、とか。

仕事をする理由は糧を得るためだけでは不十分で、他に自分が充足する理由が必要だ。

とにかく、これまでの反省をしなければ。


震災をきっかけにして私はそういうことを考えはじめ、実行に移した。実行してみないとわからないことが多いから、まずは試そう、と。たまたまマンガを描くことを離れて、マンガを教える立場(大学教授)にいたが、それは年齢によって終了する時が決まっている。ならばその先はどうしたいのか。

自分の仕事はもうすべきことは終わっているし、ともかく、少しでも自然に包まれていて他者との距離が取れるところへ移動しようと考えたのだ。

もし仕事(マンガを描く)を必要とされても、頼まれ仕事はよほどでなければやらないし、自分自身の衝動があれば、別に一人でも描ける筈だ。昔、マンガを描き始めたときはそうだったのだから。

だったら仕事についてはもう考えず、人として生きていくのにストレスのない場所を。

ちなみに私の思う他者との距離とは、5メートルだ。なぜ5メートルか。話をしようと思うとしっかりした意志がなければ相手に聞こえないほどの距離。それを寂しいと思うかどうかは人によると思う。


コロナ下の生活がいつまで続くかは神のみぞ知ることだが、コロナと付き合いながら生きるには、高齢者である自分としては「罹らないようにする」しかない。罹ったら「重篤化しないようにする」。

では罹らないために何をするか。


街に出る際にマスクはもちろんだけど、気遣わなくていい野外の散歩などには無しで出ていく。近所の人とはそれなりの距離をとって普通に会話もする。でも公共の施設は極力避ける。

それよりも大事なのはとにかく手に気をつけること。キズをつけないようにして(キズがあれば触った時点でアウトだし)、外で誰が触ったかしれないものに触ったら必ず洗うか消毒する。手を無防備に口の近くに持っていかない。粘膜に触る時は消毒済みの手で。


家の中で、誰もコロナを持ち込んでいないならばこの限りではないが、疑う余地がある限り、家内でも可能な限り徹底する。コロナと接触する機会を出来る限り減らすため、1日1回は出入り口の手が触れるところ(ハンドルなど)、電話機、リモコン、壁の照明スイッチを消毒用タオルで拭いて回る。TVの前に座る際の儀式?だ。

これくらいするならば、出かけても大丈夫かもしれない。出かけずにすむならそれに越したことはない、のだが。

2020.07.18 

楽しいこともある


うちのツバメの巣から3羽の雛が巣立った。詳しいことはわんマネ(妹)が写真つきでブログに報告している。野生の鳥がこんなに身近で見られることに対してとてもありがたく思う反面、何か(例えば外敵にやられる、とか)あったらこちらが傷つくことも考えておかねば。


自分が可愛く思うものには肩入れするのが人間だが、カラスや蛇、トビも生きていて、食物連鎖の中にある。他者をかわいい、と思うような感情は人間にしかなく、それゆえの行動をするのも人間だけ…そう考えていたら種の違う動物同士、鳥同士でも似たようなことはあるようで、観察していたら、ツバメの家族も人間の行動にそっくり!!親に反抗したり、兄弟間で争ったり、巣立ったあとには家族で巣を確認(多分場所を覚えるため?)しに戻って来たり。

巣立った直後の時期は家族で群れになっていることが多いらしく、5羽から7羽くらいの群れで夕方飛んでいる風景が楽しい。そのうち、群れは若者たちだけの集まりとなって集団で過ごすようになるとか。なんかそれも、人間と似ている…。尻尾の短い子ばかりの数が増えてきたのは、「青年団」化してるってことかも。


そして、夏の終わりには、電線にびっしりと留まるような群れになって、ぐるぐると空を飛び始めると、そのまま遠くへ飛んでいく準備。


みんな無事に南に帰れよ。また帰ってきてね。

2020.08.13 

更新が1ヶ月に1回になってしまった


なかなかこのページを更新できず、やれやれな感じ。


でもコロナ禍の中でもなんとか楽しみを見出す努力はする。本格的な買い物は2時間ぐらいかけて2週間に一度、大きなスーパーを3、4軒巡る。姉妹二人でゆっくり買い物するので、次々と新しい惣菜を発見したり、使えそうな料理補助の味付けグッズを「試そう!」とばかりに買い込んだり。女二人はこういう時に便利。たちまち大きな保温バッグが2つ満タンに。3つ目が必要になることもしばしば。家ごもりのためにはそのくらいないととても足りない。


もちろん、毎日新鮮なものが必要な生野菜とか牛乳とかは、毎日買ってきてくれる男子(70歳超)が1名いるので助かっている。買い出しから帰ると、すべてのものをまずキッチンカウンターに出し、日付を確認してメモしていく。「〇〇みぞれソース8/25(賞味期限)」「牛肉赤身200g  8/01(冷凍した日)」という具合。

そのメモを冷蔵庫に貼って、出来るだけ無駄なく賞味期限を越さないように献立をする。うちのわんマネの指導のもと、きれいに従わないとこのサイクルは回っていかない。家内のことはやっぱり主婦がリードすべき。他の者は従い上手になることが鉄則!


いやいやこういうのも、名前のない家事、だよね。もしかしてこういう仕事ほど大事!?




2021.02.20 

状況が難し過ぎて、このページ更新出来ない


半年間も何も書けてなかったとは。

まあ何といえばいいか、言い訳、という点では新版 『エルメスの道』にかかりきりで、全くHPに手を着けられなかったというのが美しい言い訳、かな。


けど、本当は新型コロナによる世界の変貌が、流動的になりすぎていて、何一つ断言したり意見を言ったり、明快にすることが出来ないってことが大きい。今日発見されたことが、明日にはダメ出しされたりするので、おそらく政治家も専門家も大きな声で語れないのかもしれない。でも一般人はそれじゃあ、不安になってしまう。せめて我々全体がどんな難局にいて、何が解明されていて、不明な点は何か、細かく知っておきたい。わからなさも含めて出来るだけの情報を知らせて欲しい。その上で、この方策が正しいかは謎だけど、やってみようと思う、だから皆で協力して欲しい、頑張ろうねと共通する目標を定めてくれれば。今のままでは結局誰にも従えなくて、ひとりひとりに悪意がなくても、無法状態へ流れそうな社会の状態が心配になる。


毎日ニュースではあれこれ新コロナの問題が取りざたされているけれど、どこか一局でいいから、コロナの危険性や対処法など、同じことを…同じだけれど基礎的で大事な情報をずっと流しつづけて欲しい。ネットというものに頼れば、いくらでもそういうものは探し出せるが、そういう情報はネット難民にとってこそ必要だから。ほんの少しずつでも確定した新情報をアップデートしていけば、一般にとっても「そこにさえ行けば今の確定情報が手に入る」ソースになるだろう。


枝葉末節しか見えない今の状況はあまりよくない。すべての人に共通の知識を与えることも政治の大事な仕事では?




2021.02.21 

緊急事態宣言下の仕事


新コロナがこんなにも席捲する直前から、新版 『エルメスの道』の仕事は決まっていた。

おかげで、絶対に仕事が終わるまでコロナに罹るわけにはいかないから、家族全員、用心の上に用心して、食事に出かけることも「やむを得ない日」だけになった。閉じこもるために2、3週に一度の大口買い出しをして、そのあとは冷蔵庫が空っぽになるまで篭城する。それでも、家の中でコツコツやる仕事を抱えているということは幸せなことだ。退屈な時間など全くなく、通常と同様に忙しく、閉じこめられていっそ集中出来るので、緊急事態宣言が助けになったくらい。


かつて忙しく仕事をしていた2000年より前だったら、たった63ページの加筆くらいは1ヶ月あれば充分だった。それは、描く仕事をするためだけに在るアトリエを構え、コピー機もビジネス用を確保し、スクリーントーンも画材屋さんよりも揃っている状態で、アシスタントを呼び集めて合宿するくらいの設備がある、ということ。でもこの仕事を受けた時、私は大学で教員をしていたため、14年以上もマンガの仕事をしていなかった。当然、アシスタントはフリーなので、既に別の漫画家さんのアシスタントをしていたりして、私の自由にはならない。


そんな中で最終授業をして大学を去るちょうどその時に、この仕事を依頼されたのだ。もちろんそれよりも前からお話はあったけれど、自分としては出来るのかどうかさえ確約は難しかった。でも自分のリハビリとしてこの仕事を引き受けることには意味がありそうだと考え、お引き受けした。


「マンガを描く」ということのリハビリに加え、私にとっては全く新しい試みである「デジタルマンガ制作ソフトを使って描く」ことに挑戦し、これをクリア出来たら、何か新たな自信になるような、そんな気がしたのだ。「新しいもの・ことへの挑戦」は私にとって、いつでも必需品。


そのため、仕事の条件を決めるとき、63ページの納期を約1年後と定めた。まだ正体をよく知りもしないソフトを使いこなして望むような結果を得るには、実際に描く時間の他に、10ヶ月くらいの修練が必要だと考えたのだ。


あながちそれは大げさではなく、結果として必要十分だったと、胸をなで下ろしている。夏を過ぎ、ようやくソフトの使い方にも慣れ始めた頃に、この『新版』を2月末オープンの新しい店舗のために連動させたいとの申し入れがあって、三ヶ月も締め切りを前倒すことになってしまったけれど、何とか対処出来たのも、それだけ使いこなしが出来ていたからだと思う。


新しいソフトにあたるとき、私はあまり仕様書を読まない。使い方雑誌も同様だ。教えてもらった知識は発見する知識より身につくのが遅いから。きっとこのソフトは私の希望に応えてくれるはず!という宛て所もない目標を強く持ってあたった。プロが使える道具だというのなら、そうでなくてはならないだろう。

それでも、ちょっとアンチョコ?として、かつて教えていた京都精華大学のストーリーマンガ生が使う、このソフトの『デジタル仕上げ学生向けレジュメ』を参考にした。


下描き(ネームだけは速さが要求されたので、アナログで描いて取り込み)のうちはたいしてアナログと変わるところがないように思えたが、ペンを入れ始めると俄然様相が変わってくる。その気になればすぐに効果を入れながら背景処理して、その場で一コマ2コマは仕上がってしまうのだ。下描きを消しゴムで消す必要もなく、1クリックで見えなくしてしまえる。その速さと便利さは…!


その後はもう、迷路を解くような心持ちで毎日を過ごした。ひとりで作業する、というのはやや寂しいけれど、これも終盤になって、全く絵を描かないマネジャーを横に置き、デジタルトーン処理を覚えてもらったら、意外になかなか楽しい作業になった。

わんマネは人物も背景も描けないけれど、エルメス社から許可された20種の柄のネクタイを、すべてのキャラに合わせて貼り替えたのだ。洋服のデザインに関しても、デジタルなら容易にできるため、むしろ、ハマった感じ。


「何!これ!どうすれば消えるの!』ああ、はいはいそこはね…

「こんなんなっちゃったよ〜どうして?」多分それは、こっちをこうすれば…


他者に教える、というのはかように勉強になるのでア〜ル。

Photoshopでレイヤーの使い方に慣れていたのも功を奏した。レイヤーを征すれば、コミスタもOK!  共同作業も何度か失敗するうちに何に気をつけるべきかわかった(誰の作業をどう優先して反映させ、反映したものをきちんと次の作業に引き継ぐこと)し、これなら、私は九州在住だけど、東京にいる人とも共同作業できるのだ。


でも……

仕事が終了した今、この学習が70を越えた脳にどれほど残っていてくれるものか、それが心配…