![]()
大学Diary・1211秋
大学Diaryは、その時々の大学での事柄を竹宮が報告。大学生活ってたくさんの人が経験しているかというとそうでもないので、案外一般の方々にとって「ふ〜〜〜〜ん」なことがあるかもしれない。そう思って少しレポートをしてみることにしました。
出来るだけスマホで写真撮りもします!!でも基本、目がカメラな人間で見ることのほうに熱心なので、ついつい撮り忘れ…てなことが多い。
秋入学・卒業式
半年遅れの入学と卒業式
失敗して写った手前の畑風景
行きの車内からの富士山
大学では、いろいろ知らなかったことに出会う。京都精華大学では後期が始まる直前に、秋の入学式と卒業式を同時に行う。 ご存じの通り、アメリカなど欧米では秋(9月)の入学・卒業式が当たり前。4月の入学式を採用している国のほうが実は少ないようで、東大などが今後、秋入学を採用するかもしれないとか、経済誌の記事で読んだ。そうなると、入社式はどうなるんだ??ってことで結構影響は大きそう。
留学生が多い京都精華大学では、秋にも入学・卒業式を設定していて、外国からの留学生や研究生にも都合がいいようにしているようだ。しかし、現状では卒業が単位取得の問題で遅れてしまった学生が、この制度を活用?しているのが現状。単位取得は自己責任なので、高校までのように回りががんばって無理矢理に卒業を後押しするようなことはないけれど、まあ、猶予を与える部分もあるということ。
さて、写真は行きの新幹線車中から、撮ったもの。スマホに変えたばかりだったのでカメラ性能を見るために撮影。たいしたもんだ!!あのスピードの中、手前の風景も全くぶれてなくてビックリ。こりゃもう全く、スナップ用カメラは持ち歩き不要。光の量さえしっかりあれば、すごくきれいに取れる。何よりワンコを撮る時に、ズームアップしても静かで気取られないから便利。シャッター音はするけれど、カメラの存在感はワンコの方が感じるらしくて、いつも避けられちゃうからね。あ、便利だからって悪用は厳禁よ。
それでもデジタル一眼にはいまだ興味があるけれど、レンズが重いからなあ。まあ、これは趣味の世界にとっておこう…
前期とは違う後期の感覚
研究室の机上
こんなゴスロリ系女子も
なんというか、前期とは大きく雰囲気が違ってくる後期。この1年の集大成というか、単位を揃えて進級しなくてはならないので、皆自分のレポートや作品提出に躍起になるわけ。前期のように学生生活を楽しむのは11月初頭の学祭まで。院生は修了制作に勤しまなくては間に合わないし、制作物に関する経験値が余りない学生は、制作期間の読みを誤って大きく遅れることもしばしば。そうなると、他のことは全く目に入らなくなるし、講師との懇親なども年末までお預けとなる。
写真左は研究室の机の上だが、ご他聞に漏れず、すぐに書類の山で埋まってしまう。チラッと見えてる赤いのはiPad。プレゼンpptファイルなどを入れてみて試用中。精華大は案外、IT対応が遅くて、e-learningもまだまだ、会議でも相変わらず書類が何度も何度も重複して渡される。ペーパーレスにしたほうが、どれほど楽で経済的か。全員で端末持って会議したらいいのに。理科系のある総合大学はそうなっているケースが多いらしいぞ。そうしようよ〜〜といつも発言はしてるのですが。
写真右のゴスロリファッションは3回生。いつもこういうスバらしい衣装で、私に限らずみんな、思わず写真を撮ってしまうらしい。昔のゴスロリは黒いのばっかりだったけど、この頃は違う…え、これは普通のロリータだ!元に戻ったのね…てか正統派?
卒業制作と学生たち
搬入日の荷物
京都精華大学マンガ学科では、一昨年度から京都国際マンガミュージアムで卒業制作展を行っている。もちろん当然のことながら3回生までに身につけてきた技術を集大成する作品を作り、それを披露する場であるが、ミュージアムの空間を出来る限り使わせてもらっても、200名の学生の作品を余すところなく展示するのは難しい。
というか、展示するのは作品を作るのとはまた違う集中力と工夫が必要で、かつ展示のための技術はまた別物なのである。だから出来るだけ早い段階(理想的には10月いっぱい)に作品を仕上げ、そこから2ヶ月かけて周囲と調整しながら展示のための努力をやっていく、というのが望ましいのだが。
お土産でいただいた朝鮮人参言うは易し、行うは難し、毎年4回生ゼミの先生方は、もう本当に大変。自分たちのコースだけではなく、ほかのコースとの足並みも揃えなくてはならないしで、神経がすり減っていく……え?私は4回生ゼミを持ってないのか?すみません、今は役職のため、とてもそれができなくて…
頂き物の写真の朝鮮人参。何より箱のしつらえが凄くて思わず撮影。キンキラなんだけど何か…よくて。十字にクロスした窓あきの箱のフタから中身の縦長い箱が並んで見えている。こういう箱ってこの頃なくなった(過剰包装はやめよう運動で)と思っていたので新鮮。でも試してみたら朝鮮人参って思っていたより穏やかな味で、人参キャンデー(のど飴。これがちょっと快感な味なの)のように漢方臭くもなく、私は毎朝カレーライス…アボカドカレー励行派なんですが、その中に混ぜて食べてみたら美味しく食べられた!
卒展パワーと卒業後の発展
誰もいなくなった校内
とはいえ、学生たちの底力が発揮されるのは、やはり卒展。
火事場の馬鹿力とでも言うのか、何となくえいやっ、と出来上がってしまうところがすごい。ストーリーマンガコースの場所は日ごろは常設展示がしてあるメインホールで、ここ2回やってきて、どうやら基本の形がとれてきた。
2004年春当時、第一期生の展示は京都市立美術館で行われたが、天井高が4メートル近くもある場所で、小さなコマのマンガを展示すること自体に無理があり、まあ、みんな悩んだこと!悩んだだけじゃなく、大きな空間での作業の大変さにフテてしまう人たちもいて、なかなかやりにくかった。
如何に文句があろうとも、与えられたものを最大限に使い、最大限のパフォーマンスをする。それがプロというものであり、至極あたりまえのことなのだが。
原画’(ダッシュ)冊子制作中!
社会に出れば「そうしないと損だ」とすぐに覚えるものだが、まだまだ、学生たちはそういうところにまでは気が回らない、ということなのかも。しかも全員で行う展はあくまでも一人のものではない。全体と如何に融合して自分のものをしっかり見せるか。そこが大事なとこなんだけど。
どちらにしても大学が学生たちに提供出来る場はここまで。自由にはなるが厳しい社会が、目の前に開けている。卒展でのパワーが、その後の未来を拓くことにも繋がるのだから、是非しっかりと利用してもらいたい。
写真左は、AO入試の日で、大学中が真っ暗になってしまった後、タクシーを待ちながら撮影したもの。これもケータイでどれくらい暗闇撮影可能かと、試したわけね。でも案外いい写真に!
写真右は、ただいまマンガミュージアムで編集中の原画’(ダッシュ)小冊子の表紙見本。まだこのスタイルになるかは未定。
****************************************************
うちの2頭・仲良く眠る
****************************************************
作品秘話ご紹介!
こんにちは、竹宮惠子です。
ここでは、思いつくままに私が作品を描いた当時のこと、それにまつわる情報をご提供。
一枚の絵を作るに当たってはそれぞれに、いっぱい秘話があるのです。珍しい話や、えー!な話がたくさんあるので、ぜひごゆっくり楽しんで下さい(笑)。
描き手が絵を描く時って、受け手が思うほどこだわりがなかったり、逆にそんな気持ちで描いたのかぁ、と思うこともありますね。
そんなギャップもまた楽しからずや。今は新しい絵を描くチャンスがあまりないので、こういうところで楽しんでいただこうかと思います。絵自体は過去のものですが、今だからこそ言えるヒミツもあるわけで。
もしここで読んだことが「気に入らない!」ってことがあれば、どうぞご遠慮なくBBSに苦情を書き込んで下さい。お返事は…逃げるかも判りませんが(笑)。
凩の喚び声
「凩」は「こがらし」と読みます。この字のほうが冷たい風のすっきりした寂しさがあって、私は好きなので。絵を見ていただけば判りますが、単語帳片手にうつむいて歩く少年の目線を、一迅の風が帽子を奪って上を向かせる。枯れ木しかないように見える冬景色も、心次第でいろいろなものが見える…というテーマです。
この絵には面白い履歴があって、ほぼ35年くらい前にいったん描こうとして失敗し、別のものを提出したポスター画(おそらくレコードを出した時の販促用)の描きかけ原稿。それを2007年になって、大学で院生と合同展をやることになり、引っ張り出して再挑戦したもの。あちこち傷があったけれど、当時の私に比べると格段に経験値が上がっており、失敗部分も難なくクリア。いい絵に仕上がりました。
サイズはB2なので、原画’(ダッシュ)にしても最大でA3にしかならない…。それがちょっと残念。部屋に掛けておきたいので思い切って外注してみようかなあ、と思うくらい好きな絵です。
凩の喚び声
2003年に描いたジルベール。なかなか当時のようには描けない(当たり前だ。当時は感覚バランスでキャラ絵を描くことが多かった時代なので、ものすごく微妙。当時に返らないと無理?)ところを、白泉社「メロディ」の依頼で挟み込みハガキの絵として描きました。
結果としてはとても「らしい」絵になったと思うけど。かわいく子供っぽい感じは、頬の膨らみや顔の面積に対する目の大きさで決まるのだけど、なかなか大人になると、絵を描く時に常識を覆すような強い「意志」が備わってこない…。それはやっぱり、社会がよく見えるようになると無くなる「非常識」と呼ぶものなのか??
…といって、自分が常識的になったとはとても思えずに過ごしているのだが…
早く言えばあの頃描いていた絵は、その常識外れの「意志」で出来ているようなもの。若いって凄い。描けないかもしれないと思うような難しいテーマに突進し、あらゆる難敵(面白がられ冷やかされ、冷たい目で見られ)にも立ち向かって、自分に見えている一筋の光にずーっとしがみついていることが出来るのだから。
ishimori+70
石ノ森まんが美術館から依頼され、石ノ森先生の生誕70周年という記念イベントのために描き下ろしたもの。なので原画は石ノ森まんが美術館にあります。
この絵も描いた瞬間気に入った絵ですね。漫画家・竹宮のルーツといっても良い大好きな「龍神沼」の絵だから、もっと緊張するかと思ったのに、なんかとても楽しんで描けました。
私、実体はアリンコでもミミズでも良い(龍の精なんて贅沢は申しません)から、男性からこんなふうに想われる女性であれればなあ。熱情の恋も、子だくさんの幸せも、男をかしづかせる美貌も全部要らないから……
石ノ森先生は女性に対する理想がはっきりしていて、私の中での女性像を完璧に定められてしまいましたね。おかげで婚期を逃した!?……かもね。
エスパー・ウォーズ
「私を月まで連れてって!」の中の一話、その扉絵。壁に貼られた人気TVシリーズのポスターを前に、デート帰りのニナとダンがひとときを過ごしている点といった場面。
ダンの面白くなさそうな顔は、「男って、こういう実在しない恋敵にもムッとする、奇妙なところがあるよね」という私のオドロキが絵になったもの。自分ならそんな疲れる嫉妬はしないし、反応さえもしないだろうと思われます。しかしそれは、愛情が薄いということなのか!?
私はエスパーのお話が好きです。デビュー前に描きためた鉛筆のマンガにもそういうのがあったし、最終的には「地球へ…」に繋がっていく、原点がここにあるわけで。「私を月まで…」もそのひとつ。さらに劇中劇でこんなものを描くというのも念が入ってますね。
カノン
「カノン」は「変奏曲」シリーズの第2部と言っても良い。ウォルフとエドナン、そしてボブとアダムスのドラマが一段落し、子供の世代へ流れを移して展開する。アレンとニーノのさらに繊細で悩ましい物語。
原作者は当時私のブレーンだった増山法恵氏なので、その結末は本人に書いてもらうしかないのですが、このフルカラーで描かれた「カノン」は、新書館の依頼で制作したものなのだけれど、マンガのフルカラー化が可能かどうかとやってみた実験作。
もう、めちゃくちゃ神経を使って、原稿料に見合わない仕事をしました。私にとって結構愛おしい8Pです。増山氏が話してくれたウォルフの部屋は、アルコーブの天井までの書棚があって…と細かく指定があり、それを再現することに夢中でした。「人が言葉で言うものを絵にして見せる」これは私の密かな趣味なのかも……あ、もちろん自分の興味が向かないと何もしませんよ。
Fantastic!
私はこういう絵がいちばん得意だし、大好きです。
子供たちとFANTASY、その組み合わせが幸せです。ケストナーの「飛ぶ教室」も好きだけど、「点子ちゃんとアントン」も捨て難い。まさに「それ系」の絵です。
ここにかかれているのは木レンガ。児童文学の中に出て来た「木レンガのお家」というのが私にとっては憧れで、どうしても木レンガで遊んでみたかった、けど出来なかったので絵に描いてみたという作品。
こういったイラストは、大抵が読者サービスのイラストカレンダーなどとして使われます。こんな絵ばかり描きながら老後を暮らしたいね。あ、もうそんな時期?
MIRAGE
これは少女マンガ界に突然創刊された「JUNE」の創刊号表紙絵。少女にとってのエロスを中心に置いたコンセプトはビックリものだったけれど、当時「風と木の詩」を連載中だった私は、これが援護射撃になるかもしれないと思って参加したのです。まあ、思う存分妖しさ満載の絵が描けることも楽しんでましたけど。
どうだろう、都条例的には当然アウチな??
けど、当時のJUNEは、どちらかと言うと現実味のない耽美方向でしたね。美しく妖しい…というのが必須条件でした。「JUNE」創刊号は、実は「JUN」という名前だったけれど、当時、アパレル関係の同名の会社があって、そこから「NO!」といわれたため、即座に改名したものです。
何回か途中休刊しながら、JUNEはいまのBoysLove系の作家群を育てる旗艦誌となっていきました。最後のほうはもう、耽美系とはほど遠いものなり、私が表紙を描くこともなくなってしまいましたね。
エメレンティア
このお話は、ある外国の小説家が中世の伝説?を本編とは違う、挿入小説のように書いていたもの。それに少年のキャラを加えて中世の絵本のようにしつらえたマンガです。
実際、フルカラー絵本を依頼された際に、この作品をカラー化しましたが、出来ればとことん手塗りをしたかったです。
地味で、かつ不気味なお話で、何となく「赤いろうそくと人魚」を思わせる物語。中世のお城や教会にはそんなような密かな言い伝えの物語が、たくさん眠っているのでしょうね。「骸骨を持った少女」というだけで怖いんですが、少女が「子供の骸骨」を渡されて、それを愛でるというのがすごく哀しくて、またとても寂しさが理解出来て…暗く冷たい石造りの教会で骸骨を相手におしゃべりするメレットを描いてみたくなりました。
五条橋
これも「JUNE」の表紙絵です。
牛若丸、というものには女性たちが愛してやまぬ何かがある、と思いますね。ものを知らない、まだ中学になったばかりの頃、絹の布と糸で人形を手作りするための読本を手に入れ、何とかして表紙に載っている「牛若丸」が作れないものかと飽きずに眺めたことがあります。
手先はせいぜいワンピースが縫えたり、浴衣が縫える程度にしかならず、じれったかったですね。
それでも人形作りは好きで、友人の誕生日プレゼントなんかには「装苑」に載っていた壁飾り人形を手作りしました。その頃のリベンジなのか、こんな絵を描いてみたくなったようです。世の中からなくなってしまいそうなものを、絵にして残す、それも私のリベンジ?
今は車のモデル原形を作る粘土を手に入れて、ちょっと造形に手を染めてみようかな、と目論んでいるところです。大学時代、彫塑の時間だけは大好きで、担当講師はちょっと厳しかったんだけど、ものともせずに粘土をこねに行ってました。
もしかすると造形よりも粘土をこねること自体が生理的にスキ…?


K's Blog
前のページへ